NHK-GTV/ NHKスペシャル『チベット天空の湖 』

標高5000㍍世界初の潜水映像/遊牧の民/2000頭の羊
チベット高原 クーラカンリ(標高7538㍍)に出来た「プマユムツォ湖」(標高5008㍍)の放牧民の生活と自然の変化と共存。”空から飛んできた青い宝石が湖になった”というこの地帯は「一日のうちに四季がある」と言われる気候の変化がある。酸素は平地の1/2、空気が薄く空が透き通る。
※舞台は、標高5050㍍の「ツィ村」。「人間が生活出来る限界の高度」にある村の住人は150人。羊3000頭とともに暮らす。住宅は風除けのため、さながら「迷路」のように建てられている。主人公は、羊飼いの「テンジン・ドルチェ」さん。妻ソナム、息子ペンマ(3ヶ月)との3人家族。600頭の羊と周囲100㎞の湖を草を求めてめぐる生活。テンジンは口笛で1㎞先の羊を呼び寄せる。家族と離れて、草のある湖畔に1ヶ月のテント生活。
※夏。1日の内にある「四季」は圧巻だ。昼までに照りつける太陽が地表の水分を猛烈な水蒸気の渦にして舞い上げる。午後に入ると出来上がった積乱雲が天空を覆い始め、やがて直径5㍉の霰を矢のように降らしてくる。まもなく、霰は雪に変わる。「夏の雪景色」とは神々しい。日中に気温20℃から、この頃には気温2℃まで下がる。
※ここに生息する生物を映像が捉える。「ユスリカ」「サクラソウ」「ノーゼンカズラ」などなど。湖の中ほどにある小島は渡り鳥の棲息地。「チャガシラカモメ」や「インドガン」がヒマラヤを越えてくる。撮影班はさらに湖水の水温8℃(真冬の日本海と同じ)で「水中撮影」を試みる。カメラマンは叫ぶ。「不気味です。何の音もしません。何も聞こえません。生物に全く出会いません」。水深16㍍へ降りていって「シャジクモ」という藻の大量発生に出会う。わずかな光での光合成。「日本海域ではありえない水質のよさ」の証拠でもある。海底近くに逃れている小さな魚をカメラが捉える。7月に入り、大量の魚の群れが湖面に浮上してくる。「ハダカゴイ」だ。水中の薄い酸素を取り入れるために「鱗」をなくすという進化をとげた魚。皮膚で直接呼吸しているそうだ。体長80cmという大きなものもいるが、この大きさになるには30年かかるという。カメラは産卵の瞬間を捉える。受精した卵はおよそ1週間で孵化していく。この水中撮影からの戻りは要注意だそうだ。地表面は0.5気圧だが、水中ではたった6㍍の水深で1気圧あるそうだ。地上では5000㍍の気圧差。浮上するには、徐々に体を慣らす必要があり、4倍以上の時間をかけて浮上しないと危険だそうだ。
※テントでの生活の食料は、「羊のバター」「サンパ(麦の粉)」それに湖に湧きだす貴重な「飲料水」。湖のそばには寺がある。文化大革命の時には破壊されたが村人が徐々に復建した。マニ車をまわして「生き物は神の使い」と考える村人が祈る。「神は人間の欲望から湖を守っている」という言葉が痛い。人の手の入らなかった自然が生きている。「インドガン」の母親が自分の毛を抜いて巣を作り、卵を温める。やがて孵ったヒナは、秋になるとヒマラヤを越えなければ生きていけない。「羽ばたく力」を秋までに身に付けることが生き残りのための必須条件。
※冬2月。氷点下20℃を超える、寒さが最も厳しい季節。秒速20㍍の風が吹き付ける、一面の凍土。湖の氷がぶつかり合っている音で動物が怖がっている。「神が歩いた跡」と称される氷がぶつかり合って出来た「割れ目の盛り上がった道」が長く続く。女性は凍りついた湖面に穴を開け、羊の毛を洗う。冷たい水で洗い、十分に叩くと丈夫な糸が出来ると言う。放牧から「ヤク」が戻ってくると人々には大仕事が待っている。「ヤクのフン」は暖を取るための貴重な燃料。そして燃やした後の「灰」がそれにもまして重要だ。
※夜明け前、人々は湖面に出て、「ヤクのフン」の「灰」を撒きはじめる。道をつくるためだ。この季節、羊の食料となる草が、湖の中ごろにある小島にしか生えていない。島までの距離3㌔。餌場を求めた2000頭の羊の大移動のための滑り止めがこの「灰」の役割。人々は羊のために3㎞の「灰の道」を作るというわけだ。地球温暖化はここまでやってきているのか?ところどころの湖面に大きな穴があいていて、ルート変更を余儀なくされたりもしている。午前9時。羊の大移動の開始。およそ3時間の行程だ。懐妊している雌羊の体を労わり、足を挫く羊を抱えながら渡る人々の姿は感動的で、2000頭の凍てついた湖面大移動の映像は圧巻だった。島まであと一歩というところで羊の移動が停まった。「灰」が不足したためだ。村人は島から「砂」や「泥」を撒いて道を作ってやるが、「灰」とは違って格段に滑りやすくなる。つぎつぎに足をとられる羊の姿が痛々しい。
※夏8月。羊の毛刈りの季節。水がぬるむ季節。湖面には大量の「ハダカゴイ」の幼魚の姿があった。
NHK-JN 白石章治プロデューサーのコメント■(HPより)

中国チベット自治区のラサから200キロほど南、ブータンの国境近くに、今回の番組で取材したプマユムツォ湖(標高5008m)があります。広さは琵琶湖の半分ほど、標高5千メートル以上では世界最大の湖です。
この高度に到達するだけでも十日近くかかります。酸素は平地の半分、身体を高度に慣らすことから取材を始めます。無理をすれば高山病に罹ってしまうので慎重に行動します。今回はヒマラヤ取材のスペシャリストの東野良カメラマンが安全管理の先頭に立ち指導に当たりました。「薄い空気を味わうように行動せよ、そうすれば、だんだん楽になる」、酸欠で意識が朦朧とする中で聞いた東野カメラマンの叱咤激励が今も耳に残っています。
今回は山岳を専門とする東野カメラマンら山岳班に加え、潜水を専門とする木原英雄カメラマンの潜水班も取材に当たりました。標高5千メートル以上の湖での潜水撮影が成功すれば世界初の快挙です。しかし、潜水でも標高5千メートルが立ちはだかります。気圧が平地の半分しかないため、浮上の際に身体に急激な圧力の変化が起きるのです。水深6メートルの水圧が平地と同じ1気圧、これに対し標高5千メートルの水面は0.5気圧。つまり、水面まで6メートルの浮上が、平地から5千メートルまで一気に上昇することに匹敵するのです。 ジェット機で一気に5千メートルまで急上昇する時の気圧の変化が身体に掛かってしまうのです。
こうした様々な困難をチームワークで乗り越えて制作したNHKスペシャルチベット 天上の湖」、湖そのものも見る者を圧倒する絶景ですが、湖に棲む1メートル近くの巨大魚や厳冬期に氷の湖を2千頭の羊が渡っていくシーンなど見所満載です。東野、木原というNHKを代表するカメラマンの卒業作品でもあります。ぜひご覧ください。

【スタッフ】PD:菅谷敦 EP: 北川恵 河野伸行 八城和敏 白石章治 取材・撮影:東野良 吉田純二 木原英雄 上辻裕己 後藤哲史 コーディネイター:チンバ・ジャツォ 技術:吉田賢治 音声:深田晃 佐々木志子 SE:池沢美知子 清水啓行 ED:樫山恭子 音楽:羽毛田丈史 Na:柴田祐規子 取材協力:東海大学プムユムツォ湖学術調査隊 東京大学大学院工学系研究科 東京都立大学地理学教室 仙台山想会 高内裕司 寺島彰 制作:NHK情報ネットワーク